SUGIHARA Conspiracy of Kindness -- 命のビザ ― 2008年12月01日 09時55分33秒
杉原 幸子さん。
元リトアニア領事代理、故杉原千畝さん夫人、2008年10月8日没、94歳。
第二次世界大戦中のリトアニアのこと、ナチス・ドイツの迫害から逃れるため、
多くのユダヤ人が必死に出国査証(ビザ)を求めていた。
ビザをもらえなければ収容所での死がまっていたのだ。
どの国の大使館も門前払いする中、最後の望みが日本領事館。
杉原千畝領事代理は本国の命令に背いてビザ発給を決断した。
悩む夫に「あなたの行動は正しい」と激励し続けたのが幸子夫人だった。
ビザを得たリトアニアのユダヤ人はソ連を経由して日本の敦賀港に上陸し、
その後、アメリカなどへ向かった。
命を救われたユダヤ人は 6,000 人といわれる。
以上は10月28日付け日本経済新聞の「追想録」からの抜き書きです。
私は9月の末、ふと見ていたTVに触発されて、かつて感動をもって見て、
そして、録画しておいたアメリカ OPB 制作のドキュメンタリーを久し振りに見て、再び、新たな感動を味わっていました。
それが、偶然か、必然か、この杉原千畝夫妻の感動の物語:
“SUGIHARA Conspiracy of Kindness” OPB May 8, 2005
日本語にどのように訳せばいいか、私には、的確にできないが、
「杉原 善意の陰謀」とでも訳すればいいのでしょうか。
日本版、「シンドラーのリスト」とも言われていた杉原さんの勇気ある行動のことは、知ってはいましたが、日本ではなく、アメリカなど海外でどのように評価されているのか、重要なことであり、興味がありました。
このアメリカ制作のドキュメンタリーは、日本での評価を薄めるどころか、
日本では過小評価であったと、気付かせてくれました。
官僚が命令に背いてビザを発給したのですから、いわゆる「官」の強い日本では、大きく評価するのが、なにかはばかられる風土が今でもあり、多くの国民は知らないで/知らされないで、今まで来たのでしょうか。
杉原 幸子さんの逝去に当たり、改めて命の尊さ、決断の勇気の大切さを、それぞれの心の中で考えてみるべきだと感じました。
元リトアニア領事代理、故杉原千畝さん夫人、2008年10月8日没、94歳。
第二次世界大戦中のリトアニアのこと、ナチス・ドイツの迫害から逃れるため、
多くのユダヤ人が必死に出国査証(ビザ)を求めていた。
ビザをもらえなければ収容所での死がまっていたのだ。
どの国の大使館も門前払いする中、最後の望みが日本領事館。
杉原千畝領事代理は本国の命令に背いてビザ発給を決断した。
悩む夫に「あなたの行動は正しい」と激励し続けたのが幸子夫人だった。
ビザを得たリトアニアのユダヤ人はソ連を経由して日本の敦賀港に上陸し、
その後、アメリカなどへ向かった。
命を救われたユダヤ人は 6,000 人といわれる。
以上は10月28日付け日本経済新聞の「追想録」からの抜き書きです。
私は9月の末、ふと見ていたTVに触発されて、かつて感動をもって見て、
そして、録画しておいたアメリカ OPB 制作のドキュメンタリーを久し振りに見て、再び、新たな感動を味わっていました。
それが、偶然か、必然か、この杉原千畝夫妻の感動の物語:
“SUGIHARA Conspiracy of Kindness” OPB May 8, 2005
日本語にどのように訳せばいいか、私には、的確にできないが、
「杉原 善意の陰謀」とでも訳すればいいのでしょうか。
日本版、「シンドラーのリスト」とも言われていた杉原さんの勇気ある行動のことは、知ってはいましたが、日本ではなく、アメリカなど海外でどのように評価されているのか、重要なことであり、興味がありました。
このアメリカ制作のドキュメンタリーは、日本での評価を薄めるどころか、
日本では過小評価であったと、気付かせてくれました。
官僚が命令に背いてビザを発給したのですから、いわゆる「官」の強い日本では、大きく評価するのが、なにかはばかられる風土が今でもあり、多くの国民は知らないで/知らされないで、今まで来たのでしょうか。
杉原 幸子さんの逝去に当たり、改めて命の尊さ、決断の勇気の大切さを、それぞれの心の中で考えてみるべきだと感じました。
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