Eat, Pray, Love ・・遙かな存在:女の人たち ― 2012年12月09日 09時30分02秒
食べて、祈って、恋をして
エリザベス・ギルバート/那波 かおり
ランダムハウス講談社 (2009/12/16)
なにしろ、イタリアには人生の喜びがごまんと溢れている。その全部を試してみる時間はない。こういうときには専攻を決めてしまうのがいちばんだ。そう考えてみると、わたしはファッションには興味がなかった。オペラにも、映画にも、かっこいい車にも、アルプスでのスキーにも。芸術作品をそれほど観たいとも思はなかった。・・(中略)・・こうしてわたしは、自分がイタリアで本当にしたいことを見つけた。すばらしい料理を食べること。そして、できるだけたくさんの美しいイタリア語を話すこと。わたしの専攻は話すことと食べることだと決まった。
(第一部 イタリア 21 P.95-96)
クトゥは言った。「ヨーガはむつかしすぎる。なぜ、ヨーガでは、みんないつもあんな深刻な顔をするのだろう?あんな苦しげな顔をすれば、よいエネルギーはおびえて逃げてしまう。瞑想するなら、とにかくほほえまねばならん。顔でほほえみ、心でほほえめば、よいエネルギーがあんたのところへやってきて、汚れたエネルギーを追い出してくれる。肝臓にもほほえみを。焦らなくていい。必死になってもいけない。深刻すぎるのは病を招く。ほほえみで、よいエネルギーを呼び込むがいい。」
(第三部 インドネシア 77 P.354)
まさに、私の思考・行動の基盤とは正反対の本で、その意味では実に新鮮・興味満々でした。「話はポイントを絞って、要点を出来るだけ簡潔に」が、決して大げさではなく、生まれてから現在までの私の基本ポリシーとなるよう育てられ、成長したのである。幼少の頃、および、結婚して、女性の偉大さを体感してからは、やや危うい部分が出てきたことは隠せないが。もし、私がこの本を書いたら、おそらくはせいぜい十数ページしか書くことがなかったであろう。
この本あるいは映画が、それほど人気があったのは、NHK朝の連続ドラマと同じ要因とも言えようか。自分が常日頃、はっきりとは認識できてないが、心のどこかに潜んでいたことを、見事に言い、行動してくれる主人公に喝采を送る、と言う。
なにはともあれ、この本を読んだ後は、何かよく分からないながら、ポジティーヴな考え・行動に結びつきそうで、人の心を動かす大きな力を内蔵していると、言わざるを得ない。特に、女性読者なら。
英語の原文で読んでみたいとの誘惑を感じるが、一方では、訳者 那波かおりの鮮やかな手腕をみると、こちらで満足、との思いも。
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