「東京ローズ」死去2006年10月15日 12時46分27秒

AW Sunday, October 15, 2006 (1736 Vol. 34 / No. 41)

「東京ローズ」と聞いても、今や、多くの日本人には何のことか分からない時代になっています。私にとっては、何か懐かしい、もの悲しい遠い昔を、微かに思い出させてくれる名前です。戦後暫くしてからの本、TVなどからのインプットによるものだと思います。気になったので調べてみました。

第二次世界大戦中、ザ ゼロ アワー (The Zero Hour) と呼ばれる、連合軍兵士の士気を失わせることを目的とした、音楽と話を中心とした、日本からの対連合軍プロパガンダ放送があった。これには十数人の英語をしゃべれる女性(アナウンサー)がかかわっていたと言われ、「東京ローズ」 “Tokyo Rose” と連合軍兵士から呼ばれた。 しかし、「東京ローズ」が誰か、一人なのか何人もいたのか、など不明のことが多いようだ。 終戦後唯一人乗り出た、アイヴァ 郁子 戸栗 ダキノが伝説上の人物となっていたが、真相は霧の中。

1945年の終戦後、日米のマスコミの関心の対象となり、戦犯容疑で巣鴨プリズンに投獄されるが、証拠なしとして釈放される。しかし、その後母国アメリカでの反逆罪の汚名を着させられ、1949年、サンフランシスコで開始された裁判にかけられる。裁判は当然ながら、時代の流れのなかにあって、人種的偏見、陪審員制度などの問題もあり、禁錮10年と罰金1万ドルの有罪を宣告された。しかも市民権の剥奪を言い渡されるなど、アメリカ史上に名を残す反逆者となった。1970年代になって、全米日系アメリカ人市民協会などの支援を受け、フォード大統領による恩赦が出たことで市民権を取り戻す事ができた。そして、数奇の生涯を経て、この9月26日、90歳、シカゴの病院で老衰で死去とのこと。 冥福を祈ります。

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