英語で楽し寺田寅彦 ― 2013年04月09日 17時17分42秒
英語で楽しむ寺田寅彦 –- Enjoying Torahiko in English
寺田 寅彦、 Tom Gally/松下 貢
岩波書店 (2013/2/6)
Early on the morning of March 3, 1933, a tsunami struck the Pacific Coast of northeastern Japan, leveling and washing away the coast towns and villages one after another and wiping out many human lives and vast amount of property. Nearly the same natural phenomenon as the Great Sanriku Tsunami that hit the area on June 15, 1896, has now occurred again, nearly exactly 37 years later.
・・・・・
With this natural phenomenon being repeated so frequently, one would expect that residents of the area would long ago have thought up some appropriate preparatory steps so that they could prevent the destruction. The fact that such preparation aren’t made as one might expect seems to be a typical human phenomenon of our human world. (3. Tsunami and Us May 1933 P.36-37)
日付に気が付かなければ、昨今の記事と思ってしまう。なんと、また、80年経って大津波が同じ東北地方を襲ったのだ。驚くべき事実と、寅彦の洞察の凄さに、改めて心を揺すられる。
While it is fine to show off one’s love of country when a natural disaster has already occurred, I believe that, for scientific, civilized nation of the 20th century – a nation of human beings, not of insects, birds, or beasts – a different, more rational expression of patriotism is needed.
(5. Natural Disasters and National Defense Nov. 1934 P.103)
この部分も、とても1934、いまから80年も前、に書かれたものとは思えず、昨今のものように見える程、寅彦には先が見えていたのだ。
遠い昔、中学時代に愛読した寺田寅彦を、今度は英語版で読んでみよう。話の視点、進め方が理数科系発想法であったからか、寅彦のエッセイはとても心地よかった記憶がある。
当時、感銘を受けたのは、
・視点、発想が他に類を見ない
・話の展開の方法が理論的で説得力がある
であったと思うが、今回は意外とその点は、印象的とは言えるほど大きくは感じなかった。たぶん、わたし自身の、そして、世の中の、変化によるのだろうか。
もちろん、書かれた時代背景を考えると、あるいは、今書かれたとしても、とてもとても素晴らしいエッセイであるのは間違いない。
この本には、寅彦のエッセイのなかから6編が選ばれている。・Wisteria Seeds ・Elevators ・Tsunami and Us (最も感銘的な一遍) ・Thoughts on earthquakes ・Natural Disasters and National Defense ・Groundless Rumors。
Hi, friends! ― 2013年04月14日 11時30分00秒
わたしたちの学習支援ボランティア:プラス・ワン (Plus 1) @川崎市菅生中学校は、2008年11月にスタートして今年で早や6年目になります。支援の対象科目は数学と英語で、学力を一つアップしようとの願いを込めた名前がプラス・ワンです。わたしは主に英語を担当しています。今年、2013年の活動は4月22日から始まります。
この機会に、小学校と中学校の繋がりについて考えてみました。英語での挨拶の仕方とか、Be動詞の使い方は、進行形はとか、実際的なミクロ的な視点ではなく、もっとマクロな視点から調べ、考えてみました。
先ずは、超オーソドックスなアプローチから。
小学生学習指導要領では、外国語(英語とは言ってない)活動(授業、教科ではなく活動なのですね。この違いに、実は本質があるような気もしていますが、わたしにはよくわかりません。)の目標を:
「外国語を通じて、言語や文化について体験的に理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を養い、外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しみながら、コミュニケーション能力の素地を養う。」
中学校では、
「外国語を通じて、言語や文化について体験的に理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、聞くこと、話すこと、読むこと、書くことなどのコミュニケーション能力の基礎を養う。」
とあります。文部科学省らしくお役人言葉で書かれていて、よくは分からないですが、中学校では、聞くこと、話すこと、読むこと、書くことの能力の取得を目標としていて、小学校では、それにいたる素養を身に着けることを目標としていると理解しました。世界には、日本語とは違った言葉を話す人たちがいて、その人たちは、ふだんの習慣だとか考え方が、わたしたちとは違ったところがあることを体験的に理解し、今後はその人たちと一緒に暮らしていくことになるとの感覚を身に着けるのが小学校での目標のようですね。
小学校の状況のもっと具体的なことを知りたくて、アマゾンで教材(教科書ではないらしい。):“Hi, friends!”(1) と (2) を求めました。それぞれ、100円でした。幼児が文字、単語、文章を読んだり、書いたりしないで、言葉を聞いたり話したりする過程を、英語を学ぶに当たって、小学校ではどのように扱っているのか知りたいと思っていましたが、ビデオ、オーディオ、イラストをふんだんに使いながら、幼児とは違ってアルファベットも学ばせているように思えました。と言っても、正確さを主に学ぶと言うのではなく、そんな感じといった感覚的に身に着けるのでしょうか。
学んだことをここに書き切れていませんが、これからも継続的に調べながら、プラス・ワン活動に、特に一年生の支援に役立てたいと思っています。違った視点が増え、より内容が充実したものになるようにして行きたいと思います。
最近のコメント