子どもたちの将来を育む伊藤さんの三月文庫2011年08月31日 20時46分47秒

私の敬愛する友人の一人、伊藤千代子さん(川崎市宮前区)の子供たちの未来を育む情熱と叡智に支えられた、30余年にわたる弛まない取り組み「三月文庫」を、彼女のメモの一部を私なりの視点から引用して、読者の皆さんとシェアしていきたと思います。(掲載の了承を得て、全体を構成するために、原本にほんの少し編集がなされています。)

○始まり
「兵庫県の私鉄の駅下車。坂道を登って10分の新興住宅地の中の小さな家、そこが三月文庫の始まった場所です。三月文庫は、私たち家族の生活と子育ての中から生まれました。いつも子どもたちがたくさん来てくれて、本を読んでいきます。」
「子どもが生まれ、三月文庫が始まった半年後には、夫の転勤で川崎にきました。私の勉強の場は、神戸の鴨の子文庫から東京の青山にある“子ども文庫の会”になり、20年間通い続けました。その間に、本選びが変わって、今の三月文庫の蔵書に落ち着いています。三月文庫では、いろいろな催しは行わなくなって、貸出に集中するようになりました。貸出に集中するようになると、私はよく本を読むようになり、本を持っていく子どもの姿も本もよく見えるようになってきました。すると、質のよい本に惹かれて人が集まるようになり、区内には、文庫がいくつもできてきて、小学校での読み聞かせも、目的を持っておこなわれるようになりました。」

○成長
「ある時から、文庫の子どもが借りていこうとする絵本をみて「それよりもこっちがおもしろい」とか、「読んで!」と子どもが持ってくる本に対して、「その本じゃなくて、これを読みますよ」と度々言うようになり、必ずしも納得している本だけではなかった、文庫の蔵書に対する私の無責任さ、子どもに対する不誠実さに気づき、それはしてはいけないことだと思いました。それから思い切ってそのような本は、取り除いていきました。段ボール箱単位でした。それからの蔵書目録は、ぶれのない、すっきりしたものになっていきました。これぞ!と思える本で本棚を埋めていき、そうでない本は取り除くという二つの作業。こうして文庫の蔵書をきちんとする、そのことが、同時に私にとっては子どもが良く見えるようになることにもつながったのです。」
「子どもと本の間にいる大人は、子どもに対して透明、あるいは平らな気持ちでいなければならないとわかりました。家庭生活の延長で文庫をやっていると、親しみもわきますが、余計な感情や先入観がつきものです。子どもに対してだけでなく、一緒にやってくるお母さんに対してもそうなのだと、その後だんだんわかってきました。そして、事実、ずっとそれで良かったのです。」

○発展
「私の娘と息子はすっかり大きくなり、文庫に来る方は知らない方々で、遠くから来るようになりました。こうして、三月文庫は公共的な場所に近いものになりました。子どもたちも、入会の時からはっきりと、この場所は本を読んだり借りたりするところとわかって来ています。これは場の雰囲気を大きく作っています。」
「類は友を呼ぶ。本の場所だから、本に熱中できる子が、本を好きな子どもを連れてくる。こうして、本の場としての雰囲気をもった環境が、さらに作り上げられてきます。」

 今後も三月文庫を通して成長した子どもたちが、次世代を背負ってくれるように、また、三月文庫、そして伊藤千代子さんが、大きく発展して、私たちを刺激続けてくれるよう期待して・・・

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