インドの地方では依然として母親は差別に直面2010年05月13日 19時53分36秒

この5月9日(日)、私の家でも子どもたちが母の日を祝って、
庭でBBQパーティーをやってくれた。
世界のいたるところで、それぞれのやり方で祝ったことだろう。

しかし、Twitter によれば、以下のように要約される記事が(電子)発刊
http://dld.bz/cTV3 されている。題して、
”インドの地方では依然として母親は差別に直面”
“母の偉大さを讃えて、世界中で母の日が祝われたが、
地方や都市のスラムでは、極めて多くの母(女性)が、
厳しい貧困、衣食の不足、無視に直面している。
独立後、何十年にもなるのに、無視され、性差別、
教育の欠如、過度の責任、認識の欠如、保守的な対応、
存在感の無視。

これらが、母が突きつけられている問題の中心にあるものである。
ある村での調査結果によれば、303人の女性の中で、
僅か9人のみが読み書き出来るだけだ。
女性あるいは女性の社会的な個人特性(socio-personal characteristics)
に係わる基本的問題は、読み書き出来ないこと、
伝統的な信仰、貧弱な交通手段、狭い土地所有、過重労働、
心理的ストレス、妊娠などである、と調査機関は分析する。”

私たち NPO: Room to Read (会長: John Wood)
http://www.roomtoread.org/Page.aspx?pid=183 は、
これらの問題を根源的に解決する最も有効な手段は、
”教育”、特に子どもに対する教育、であると言う信念
--- ”World Change Starts with Educated Children” ---
で活動している。
インドでも、学校の建設(単にハードウェアだけでなく、
先生の育成なども)、図書館/室の設立、子ども向け現地語図書の出版、
奨学金を核として活動している。

アジャストメント (Adjustment)2008年01月22日 22時08分56秒

AsahiWeekly Sunday, January 20, 2008 No.1800

日本のプロ野球のプレイアーの長谷川滋利を私は知らない。 アメリカ・メジャーリーガーとしての長谷川滋利を知ったのは、多分 2000年ころだと思う。興味を持って彼を注目し始めたのは、2002年、シアトル・マリナーズ (Seattle Mariners) でプレイし出した頃からである。長谷川は他の日本人メジャー・リーガー とは 一色もふた色も違って見えた。ベースボールをするのが必ずしも主目的ではなく、ベースボールは人生を楽しく有意義にするための一つの道具として考えているようだった。 人生をより楽しむために、野球からベースボールに移ったように見えるし、そのためであれば、ベースボールでなくても、例えば、ビジネスマンであっても、投資家であっても、起業家であっても、かまわないような精神構造であるように見えた。

その根底にあるものは、適応性 (adjustment) ではなかったかと思う。 野茂にしても、イチロウにしても、松井にしても、アメリカ・メジャー・リーグの中で生きていくために、野球からベースボールへのアジャストメントが必須であったろう。 しかし、長谷川の場合は、その領域が単にベースボールのプレイの枠を越えて、チームマネイジメントとの、チームメイトとの、一般社会人としての、一人でアメリカでしっかり暮すためのアジャストメントであるようだ。経済活動のこと、政治のこと、法律のこと、などいろいろのことを吸収し、生かすことが要求される。長谷川の活動は、プレイアーを引退したこれからが、ほんとの力を出すのかも知れないと期待している。

私たちは知らず知らずのうちに、自分の枠を作ってそれを越えれなくて苦労をしている。 自分には見え難いその枠をはずして、広い意味での環境にアジャストしていく生き方をしていかなければならない。2002年に放映された「日本人メジャーリーガーの群像」の中の「長谷川滋利 円熟のマウンド」(VTR)を改めて見て、いろいろと感じた。「日米両国の架け橋となれるような仕事」をしたいと、2006年の引退表明の時、語っていたが、私たちも自分のレベルで、世界の架け橋となれるよう頑張ろう。 キーコンセプトは、アジャストメントだろう。

フルートとの出会い2008年01月16日 11時19分28秒

AsahiWeekly Sunday, January 13, 2008 No.1799

ロンドンの英国王立音楽院のマスター・コースで勉強中のバイオリニスト小林美緒さんが、ショート・エッセイ “Essay” に、彼女の音楽教室での、運命的なバイオリンとの出会いについて書いている。 数ある楽器の中から、4歳の幼さの中でも、自然とバイオリンを自分で選び、それが彼女の人生を決めたのだと。彼女の場合と比べるべきもないが、(私は楽しみにフルートと友達になっているだけだが、)私のフルートとの出会い、演奏を楽しみだした経緯は、やや不可思議な、やや偶然の、いや必然であったかも、ものであったのを思い出した。

88年(ソウル・オリンピックの年)、非常勤で勤めていた会社を退社をすることになった時、社内の仲間が退職の記念品をくれた。 手触り、重さなどから全く何であるか想像がつかなかった。 包みを開いて見ると、なんとそれは銀色に輝くフルートであった。 何故、フルートと私はびっくり、戸惑いの顔をしてたであろう。 皆は、ただ、いたずらぽく、にこにことしているだけだった。がさつな私に、フルートを楽しんで、すこしでも優雅になってくれとの、優しい励ましなのだろうかとも思った。

音楽の素養もない、譜面も殆ど読めないのに、でも、折角の皆さんの心配りであり、妻の勧めもあり、フルートを棚に飾っているだけでなく、始めてみようと決心した。先ず、手元にあるイエロー・ページに載っている音楽教室に手当たりしだい電話して、私の状況に合っているところがないか探した。やっと30教室目くらいであったか、音大を卒業したばかりの女性の先生を捜し当て、レッスンを受けることとなった。 それから約20年、途中の病気とアメリカ留学 (MBA) の4年間の中断はあるものの、なんと、いまだに続いており、今では生活の有益な一部になっている。 時折、昔の仲間の、深い思いやり、いたずら(?)、を思い出しながら、これからもフルートを楽しみたいと思っている。神様は、なんと粋な演出をするのだろうかとも思ったりもしている。

アグネスの地球うおっちんぐ:北朝鮮への制裁2006年10月23日 15時01分03秒

AW Sunday, October 22, 2006 (1738 Vol. 34 / No. 42)

失敗だか成功だかわからないが、とにかく北朝鮮がついに核実験を行いました。関連する世界の各国には、それぞれの判断の優先順位 (priority) があり、それぞれ異なっています。共通するのは、各国の国益であり、それがどのように北朝鮮の核と関連するか、によっています。

アグネスはこの視点で無く、国を越えた一般市民、子供のことを最優先に考えるべきだと訴えています。厳しい制裁処置により先ず犠牲になるのは、世界のリーダーではなく、一般市民や子供であるから、全ての意味の核戦争の舞台にしないでと。でも、どうすればそう出来るのか。

“Frontline” そして、最終ページの “Perspective” を読むと、北朝鮮そして関連各国の政治的判断・行動は、これとは違った方向へと動いているように思えてなりません。